イム・チャンサン『大統領の理髪師』
- 出版社/メーカー: アルバトロス
- 発売日: 2005/08/05
- メディア: DVD
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『私の少女』を観たあと「そう言えば」と思い出した作品。何年もまえ、「アムネスティ・フィルム・フェスティバル」の準備か何か(たぶん上映作品の選定ミーティング)をしているところで、たまたま近くにいたのか、チラッと観た記憶があります。
軍事政権、あるいは非・民主主義的な政権のもとで、市民の生活がいかに理不尽かつ残酷なかたちで翻弄されるか、というのがテーマなのでしょう。公式サイトその他で掲載されているあらすじでもおおむねそんな感じです。
「人権」の観点で言えばまあそうなのですが、「政治参加」の観点でいうとちょっとちがった観方もできるように思いました。主人公の理髪師は学もなくニュースにも疎い、友人がこうだといえばきっとその通りなのだろうと判断してしまう、よくわかないけれど皆がそうしろというから実行するタイプ。そうして不正選挙にも加担すれば、「北のスパイ」の疑いがかかった息子を交番に突き出してしまいもする。
こうした描写が風刺しているのは、実は「民主主義」(概念としてのそれではなく、現代の韓国や・・・それに日本などで実践されているそれ)そのものなのではないか。つまり「政治」を理解する知識もなければそれを得ようと努力しているわけでもない、努力する前に実はあきらめている、だから「選挙」に参加する準備もないのだけれど、「行かなくちゃならないものだから」と投票所に足を運ぶ。じゃあ誰に投票しようか? そういえば身近で(あるいはTVで、はたまた雑誌や新聞で)だれそれがこういっていたからたぶんそうなのだろう・・・戯画化していえばこんな感じでしょうか。
私としてはこの映画が全体を通してこのような「民主主義」の現実の一面に対する痛烈な批判のメッセージを発しているように思いました(もっとも、少なくとも直近10年〜20年くらいの日本では、「減税」だとか「国防」だとか威勢がよくて予備知識がいらなそうなキーワードに飛びつくことで、受動的政治参加を能動的政治参加のように偽装するという、より洗練された様式が流行ではありますが)。