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M12i.

学術書・マンガ・アニメ・映画の消費活動とプログラミングについて

S・アリミ「知識人の潰走」

ル・モンド・ディプロマティークの記事。執筆セルジュ・アリミ(Serge Halimi)。米国のトランプの大統領当選、フランスにおける国民戦線の躍進(そしておそらくは欧州のそこら中で見られるポピュリスト政党の躍進)の原因を論じる記事です。

ヒラリー・クリントンがトランプ支持の6200万人の有権者の大部分を「不幸な人びとのファイル」に分類した。その8年前の2008年4月、バラク・オバマは労働者階級で共和党を支持する有権者投票行動におけるパラドクスの原因を次の事実に求めた。「銃や宗教、自分たちとは境遇が異なる人びとへの反感、あるいは移民や国際商取引に対する敵対感情に固執する時、彼らは自分の利益に反して投票するという事実だ。理性と欲求不満のせめぎ合いだ。すなわち教養ある人びと、多くの場合、自分たちの選択が合理的であると信じて疑わない人びとは、ペリシテ人[古代パレスチナの住人で俗物を意味する]によってしばしば狼狽させられる。ペリシテ人は彼らを信用しないからだ」。・・・

アリミによれば、米国大統領選における今回の結果は政治家とマスメディアの連中の「知能のラシスム」(P・ブルデュー)に貶められた大衆による反撃だったのだ、ということになります。本当でしょうか? 太平洋の反対側の私たちの国の政治を思い浮かべるとちょっと現実感が湧きません。

こちら側で、例えば永田町や西新宿で有力な2・3のグループに関して、彼らが自身や自身の支持者たちの「知能」(もしくは「知性」)を以てして労働者や農業従事者たちを抑圧したり愚弄したりしたなどということは、なさそうです。まあ、公然たる公約違反だったり「記憶にない」とか「一任していた」とかの発言で、「政治」の分野そのものを愚弄している人間ならいっぱいいたような気もしますが、それはそれとして。そうするとともかくもアメリカ合衆国フランス共和国の独特の問題として理解すべきことなのでしょうか。

私にはアリミが提起したこの問題は、まさにそれこそがトランプやル・ペンらが「政治」や「選挙」に対して押し付けたフレーム、問題の建て方なのであって、それを反対側から定義し直しているだけという可能性はないかという気がしています。

長野香子『ミアのケーキは甘すぎる』

comics

『ノラ猫の恋』以来、久しぶりの長野香子作品。

この人の作品の描線は好みなのです。独特の丸みがあるように感じます。あくまで印象の話ですが。無垢な子どもや青春を謳歌している少年少女から経験豊富なお兄さんお姉さん、くたびれたり欲にまみれたりしている無精髭のおじさんまで、うまく描き出してくれます。

今回のは短編集で、最近ハルタに掲載されたものも収録されていました。雑誌をまったく読まないのでもう描いていないのかと思っていましたが(実際ブランクはあったようですが)。こうしてまた読むことができてよかったです。

V・ウルフ『ダロウェイ夫人』再読

book

ダロウェイ夫人 (集英社文庫)

ダロウェイ夫人 (集英社文庫)

2年ぶりに再読。最近岩波書店から発刊された『船出』上巻を読んで、その作中にダロウェイ夫妻が登場するので、下巻が発刊されるまでの間にもう一度読んでみたくなったのです。

わたしは一度、サーペンタイン池に一シリング銀貨を投げ入れたことがあった。でもそれだけ。だけどその青年はそれ以上のものを投げ出したのだ。わたしたちは生きつづける〔・・・〕わたしたちは年をとってゆく。だけど大切なものがある──おしゃべりで飾られ、それぞれの人生のなかで汚され曇らされてゆくもの、一日一日の生活のなかで堕落や嘘やおしゃべりとなって失われてゆくもの。これを青年はまもったのだ。死は挑戦だ。人びとは中心に到達することの不可能を感じ、その中心が不思議に自分たちから逸れてゆき、凝集するかに見えたものがばらばらに離れ、歓喜が色あせ、孤独な自分がとり残されるのを感じている──だから死はコミュニケーションのこころみなのだ。死には抱擁があるのだ。〔328-329ペ〕

『船出』よりは読みやすい、でも『私だけの部屋』よりは読みにくい。そう感じました。ともあれ。自身のこころの感じたままに行動し、感じたことをそのまま言葉にすること。たとえそれがシェルショックによって連続性を喪失しひどく混乱したものであっても、他者による矯正に屈しないこと。自分自身を保ちながら他者に対峙し続けること。けれども当の「自分」の本質はいったいどこにあるのか? 仮にそれがあるとして、それだけに頼って私たちはこの生を耐えることができるのだろうか? 例えばクラリッサはダロウェイ夫人という立場に、ピーターは大英帝国の官僚という立場に自身のアイデンティティが分かちがたく結びついてしまっているのに?──そのような問いかけを聴いた気がします。