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柚木麻子『私にふさわしいホテル』

私にふさわしいホテル

私にふさわしいホテル

終点のあの子』、『けむたい後輩』と読んでから本書を手にとったことから、第1章の読後感としては「このひとが明確な主人公をおいて、その主観を中心にすすむ物語を書くとは意外」というものだった。けれども後続の章では残りの主要な登場人物2名の主観で語られる部分もあり、読み進めていくと結局のところ本書に「意外」なことはなく、「ある中心的な登場人物1名を軸にして、いくつもの視点で、それぞれのリアリティでもって社会空間を現出させてみせる」といういつもの構成であることに気がついた。

前述の2作品に対して本作はかなり読みやすい感があるけれど、それは文体・文量のためでもあろうし、一話一話主人公が直面する障害に立ち向かい乗り越えて最後にはおよそ10年越しの復讐を成しとげるという、言ってみればわかりやすい形態をとっているためでもあろうと。

作家が主人公を描く。その主人公はとっさの機転と演技力を持った若手作家。その若手作家はその能力を以て難局を切り抜けるべく物語を構想し、作家自身が俳優となって作品世界における現実を書きかえていく。この重層的な構成のなかで、醒めた現状認識とがむしゃらな上昇志向を合わせ持った主人公の無法な立ち回りをとおして、読者は「場」の力関係を認識し、告発するとともに利用しもする、あの厄介なゲームの空間に立ち会わされている。そんな印象。

単純な復讐劇としても、上述のような構造を持った物語としても、まあふつーにたのしめた。