カルロ・ギンズブルグ『チーズとうじ虫』
チーズとうじ虫―― 16世紀の一粉挽屋の世界像 (始まりの本)
- 作者: カルロ・ギンズブルグ,上村忠男(解説),杉山光信
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 2012/06/09
- メディア: 単行本
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〔異端審問官と対峙した〕二人の粉挽屋の最後はちがっている。しかし両者のあいだにある類似には驚くばかりである。それゆえ、きわめて稀な偶然の一致ということ以上に、なにごとかが存在しているにちがいないのである。(240ページ)
宗教改革と対抗改革のなかにある16世紀末、異端審問官に対峙した粉挽屋メノッキオ。彼が裁判のなかで明かした自身の宗教観のなかに、改革側の諸教派の教義のみならず、彼が目にしていた書物に示されたユートピア論や、彼が常日頃接していたはずの農民社会のなかにその残響が受け継がれていと想定される古代社会の死生観を読み解く書。
その解読作業の終幕では同時代にやはり異端審問により有罪とされた粉挽屋の例が示され、彼らの主張の産み出される契機と、その主張内容の多くの点における一致が、粉挽屋(や旅籠屋)という特殊な地位であるとか、当時の農村と都市とを渡り歩いた改革派伝道者の存在であるとか、あるいはまた彼らが著しまた翻訳した書物の流通であるとかの時代背景により説明されている。
A.コルバンの『記録を残さなかった男の歴史』が諸種の史料と既存の地域史研究の成果とから無名の人間の一生を描き出したのと若干異なり、『チーズとうじ虫』はある粉挽屋の宗教裁判記録から、彼が生きた16世紀ヴェネチア公国の農村社会内外に展開されていたらしい思想のネットワークと堆積構造を再構築してみせている。