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畑野智美『夏のバスプール』

夏のバスプール (集英社文庫)

夏のバスプール (集英社文庫)

数カ月前に『みんなの秘密』を読んだあと、同作がこの著者にしては珍しく印象の重たい、暗い作品だというようなレビューをどこかで読みました。もちろんAmazonか何かのレビューなのでその妥当性もほどもたしかではないだろうと考えていましたが、ならばいずれ他の作品も読んでみたいと思っていたのでした。

それというのも何しろ『秘密』は登場人物のどいつもこいつもが揃いもそろってみっともない人間たちで、なるほど「秘密」というか「やましさ」をそれぞれの方法で抱え込んでいる彼らが、親の職業や家庭環境、学級内におけるカテゴライズといった諸条件のなかで、あるいは思惑にしたがって、あるいは必要に迫られてやむなく何がしかの選択をしていく。物語の終盤に至っても登場人物たち同士の緊張関係の構図こそ変化しているものの状況は好転というようなものは感じられません。

読者によってはそれをナイーブな語感でもって「リアルだ」と評する人もいるのかもしれないのですが、もちろんこれはフィクションなので再構成された「リアル」であり、写実主義的な「リアル」です。ともかくそういう現実性を構成できている人の作品というのは深みがあって面白いものです(「暗い」ものであれ「明るい」ものであれ)。前置きがだいぶ長くなりましたが、上記のような次第で──そのときの感想を思い出して本書を手にとってみました。

本書はたしかに『秘密』とくらべれば「明るい」作品だったかもしれません。冒頭で、主人公「涼ちゃん」もその周りの登場人物も「暗さ」とは無縁で、のほほんと牧歌的といっても言いような学生生活を過ごしているふうに描かれます。主人公と友人・担任教師の冗談を言い合ったりしているのも読んでいて楽しい。けれども物語の進展とともに不穏な要素が次々と現れてきて、最終的には数年来の根の深い問題がいくつも存在していて、それがこの「夏」に表出してきたことがわかる、そして読者や主人公がそれに気がついた時にはどうしようもなく状況が絡まり合っていて・・・という感じです。

してみると本作も「重たい」話題──登場人物たちの今更悔やんでもどうにもならない過去の過ちだとか、そのことに今のいままで気がつくことができなかった鈍感さ、それに気がついた今この時も素直に行動できないみっともなさ、それらを直接・間接に規定している社会的要因といったものが、ふんだんに盛り込まれています(具体的にいうとすべてネタばらしになってしまうので控えますが)。そしてもちろん、だからこそ面白いわけです。もう少しこの著者の作品を読み漁ってみようと思います。