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M12i.

学術書・マンガ・アニメ・映画の消費活動とプログラミングについて

三浦しをん『仏果を得ず』

仏果を得ず (双葉文庫)

仏果を得ず (双葉文庫)

三浦しをんキャンペーン中につき。人形浄瑠璃の太夫(語り手)の若手・笹本健太夫を主人公にして、彼の太夫としての成長と恋愛模様と作品理解とを絡み合わせたかたちのお話です。人形浄瑠璃の物語展開やその中で主人公たちがとる言動というのは必ずしも理解しやすいものではない。それを主人公の健太夫は自身の置かれた状況の中で「理解」しようともがきます。

・・・与兵衛は、近所の若者たちとは距離を置いている。信心も、両親の心配も、あほくさいと撥ねのける。でも、周囲から本気で嫌われてはいない。いまはやんちゃが過ぎるが、そのうち落ち着くだろうと、友だちも家族も思っているみたいだ。どうして与兵衛は、みんなに構われ、愛されるんだろう。そこが、放っておけないような与兵衛の愛嬌、つまり色気のなせる業なのか。
 いや、それだけじゃないはずだ。健はそう思う。与兵衛の言動の裏には、彼を見捨てない周囲の人間の心情には、もうひとつ隠されたなにかがある。知りたい。俺は感じたい。与兵衛を、与兵衛を取り巻く人々を、彼らに託して近松門左衛門が表現しようとしているなにかを。
 できることなら、つれていってほしい。現代の心と感覚を宿した俺を、三百年前の大阪の町へ。そこで生き、死んでいった人々の生活のなかへ、どうか俺をつれていってくれ。健は熱情をこめて、義太夫の詞章を丁寧に語りつづけた。(単行本 50ペ)

時代背景、主人公たちの属した階級とそれ以外の階級との関係、近松門左衛門ら物語の作者たちの置かれた立場・意気込みなどから、その作品と作品の主人公たちの言動の生成原理をつかもうとするところは、三浦しをんの経歴(伝承文学研究者を父に持ち、文学部を卒業する)と深く関係しているのでしょう。やや社会学的な視座でもって行われる作品理解(読者にとっては作品紹介でもある)がおもしろい一冊でした。